一の宮とは、平安時代から中世にかけて行われた社格の一 種で、『今昔物語』に、周防国の一宮玉祖大明神のことが見えるのが文献上の初見である。また、正嘉二年の伯耆国河村郡東郷庄下地中分図に、「一の宮」と記して社殿がスケッチされている。一の宮は、恐らく 平安初期にその実が備わり、その中期から鎌倉初期までに逐次整った制と考えられる。それは、朝廷または国司が特に指定したというものではなく、 諸国において由緒の深い神社、または信仰の篤い神社が勢力を有するに至って、おのずから神社の階級的序列が生じ、その首位にあるものが一の 宮とされ、それが公認されるに至ったもののようである。
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