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源平藤橘とは日本における貴種名族の四つ、源氏・平氏・藤原氏・橘氏をまとめた言い方である。だが、これらの氏族が併存して、同じ資格を有していた時代は見い出せない。 源氏は平安時代前期にうまれた嵯峨源氏を筆頭に、仁明、文徳・清和以下歴代の皇子孫が源朝臣となり、正親町天皇系まで十六の系統がある。公家の家格も多様に分かれている。足利幕府以後、源姓の諸氏が勢力を有している。 平氏は桓武天皇の皇裔以下、仁明、文徳・光孝天皇系の流れがある。平安時代末期に勢力を得たのは桓武平氏の平清盛一族だ。その後の幕府の時代にはあまり重んじられず、公家としても家格は高くない。 藤原氏は平安時代以来、公家社会の高位を占有し、五摂家・清華家・大臣家などの多くの流派に分かれた。秀郷流とか南家流の藤原氏も、武家の名門として地方に勢力を扶殖し続けてきた。戦国時代の後期にも藤原姓の武将が多くみられる。 橘氏とは敏達天皇を太祖とする氏族だが、平安時代前期以来、公家社会では急速に勢力を失い、四位五位の下級官人として、その系を伝えたようだ。 [資料:歴史読本432号] |
![]() (左から) 笹竜胆 揚羽蝶 下り藤 橘 |