鶴 紋

 もともと鶴は霊鳥とされてめでたく、亀とともに長寿の印だった。鶴の瑞祥にあやかって、鶴は昔から文様や紋章にさかんに用いられた。「源氏物語」にも「千歳を重ねて遊ぶ鶴の毛衣」とあり、"鶴は千年"という言葉がこの頃から広まっていたことがわかる。厳島神社の「平家納経」の表紙にも鶴がみられ「北野天満宮絵巻」にも同様の鶴が見られる。これらの紋はやがて家紋に転化していった。(対い鶴)

【主な使用家】


 「蒙古襲来絵詞」に見える島津久親の幡には十文字の上に鶴の丸、白石通泰の幡には丸に鶴亀松竹の紋が描かれているのが古い例だ。公家では日野氏が「松に鶴」を用いている。武家では南部氏が「菱鶴」「対い鶴」、蒲生氏が「対い立ち鶴」を使用している。
 藤原氏流では、柳原、烏丸、勘解由小路、北小路、広橋の諸氏。源氏系では柳沢、森、諏訪、室賀の諸氏が「鶴紋」を用いている。


降り鶴の丸

光琳鶴

三光琳鶴

折鶴

対い鶴

上下対い鶴

有職鶴