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藤・木瓜・酢漿草・鷹の羽・桐が五大紋といわれる。これら五種の紋が多いのは何故か? 藤紋は「藤」の字のつく名字の家で多く用いる。これはひとつに藤原氏の藤にかけたもので、藤原氏の出自(正確ではないが)ということである。そして、この藤の付く名字はたしかに多い。佐藤・加藤・斎藤など大姓がこの紋を用いている。さらに鈴木をはじめ、藤原氏でない家もこの紋をかなり用いている。こうして「藤紋」は広まっていった。 木瓜はもともと紀氏や日下部氏の代表紋であったが、これらの氏は更正あまり栄えたわけではない。しかし、紋は広まった。これは、紋のかたちが大変よいこと、この紋が信仰と子孫繁栄と結び付き、家のルーツにかかわらず、爆発的な人気をよんで広まった。 酢漿草は、その単純さとハートのかたちの美しさが、古人にとって魅力的であった。仏教では、これを慈悲と知恵と力との三大要素として示した。公家では、大炊御門・冷泉・入江家などが用いたが、大衆の間にもおおいに広まった。 「鷹の羽」紋はもともと九州の阿蘇神社の神紋である。阿蘇神社は九州鎮撫の神で武威の印が鷹の羽であった。この鷹は「武」「猛」「高」などにも通じ、武家にきわめて人気があった。九州の菊池氏がはじめて用いたが、武家一般にたちまち流行した。 桐紋はもともと菊とともに天皇家の紋である。しかし、将軍家に下賜され、その将軍家がさらに武将功臣に再下賜され、広まった。菊紋は規制が厳しかったが、桐紋はそれほどでもなかったので、あこがれの紋として広まったのである。 しかし、これらの紋はいずれも形が美しい、この美的な面も家紋の広まりに必須条件であったと考えられる。 【左から:下り藤/横木瓜/酢漿草/丸に違い鷹の羽/五三の桐】 ・藤 紋の分布/ ・酢漿草紋の分布/ ・鷹の羽紋の分布/ ・木瓜紋の分布/ ・桐 紋の分布 [資料:別冊歴史読本33号]
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