篠山の歴史・見処を訪ねる-91


玄渓山豊林寺と豊林寺城跡








丹波における修験道を語るとき、法道仙人(ほうどうせんにん)の名を外すことはできない。その法道仙人が白鳳=白雉二年(651)に開いたという古刹が、玄渓山豊林寺である。宝治年間(1247〜49)に教仙僧都が七堂伽藍、寺下一九坊を建立、三岳修験道の寺院として栄えたが、応仁の乱の戦火によりことごとく焼失。その後、出羽和尚によって再興されたが、明智光秀の丹波攻めによってふたたび焼失した。慶長四年(1559)に四坊が再建され、二坊は天台宗、二坊は真言宗となり、下の二坊が現在の豊林寺となったのである。後方の山上には福井城、大雲城とも呼ばれる豊林寺城跡があり、代々大芋氏が拠点としていた。


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豊林寺城址に登る