家によっては、一個ではなく数個の紋をもっていることがある。この場合、おもに用いる紋、正式の場で用いる紋を「定紋(ジョウモン)」あるいは本紋という。その他の紋を「副紋」「控え紋」とか「添え紋」などという。
 例えば毛利氏の場合、正式には「一文字に三つ星(右家紋)」を用いる。この紋は、祖阿保親王が一品の位であったことから、「品」の字を紋章化したものである。阿保親王の後裔は大江氏を名乗り、鎌倉幕府の創建に尽くした大江広元が知られ、毛利氏はこの広元の子孫。「一文字に三つ星紋」は、毛利氏をはじめ永井・那波氏など大江氏一族の代表紋でもある。
 毛利氏は定紋の「一文字に三つ星紋」の他に、正親町天皇から賜わったという「十六葉菊」「五七桐」や、元就が戦場で沢潟にとまったトンボを見て大勝を得たことにちなんだ「沢潟」も用いた。他にも「八本矢筈車」「鶴丸」など全部数えると十種近くにもなる。毛利氏は、これらの紋は天皇の御前に伺候するときには「五七桐」、元就の墓参には「沢潟」と、それぞれに使い分けていたようだ。
 このように、家の歴史が古い家は、賜与・婚姻などにより、複数の家紋を持つケースが多い。仙台藩主の伊達氏も家紋の多い家として知られる。有名な「仙台笹紋」をはじめ、「竪三つ引き両」「九曜」「五七桐」など、九つもの家紋を用いていた。伊達氏の場合、戦国時代は竪三つ引き両を本紋としていたようだが、江戸時代は仙台笹を定紋としていた。

沢潟 鶴丸 五七桐


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