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松尾神社は701年、泰忌寸都里が初めて社殿を築き、718年泰忌寸都駕布が祝となって以来、泰氏が歴代神主となって奉仕したという。神主の東家、正禰宜・正祝の南家が泰姓。 平安時代から室町時代にかけての祭祀の実権は、摂社月読宮の長官伊岐姓松室家が握り、事実上の松尾祠官とみられていた。 【Back Page】 |

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稲荷神社は711年泰公伊呂具が創祀したと伝え、その子孫が代々社司として奉仕した。泰氏の本拠は太泰の地でそこの広隆寺は氏寺であり、上記の松尾神社が氏神であるが、酒造を業として富を築いた一族が伏見に稲荷神社を建てて崇敬したのである。 神職には神主以下があり、西大路・針小路・大西・平田・松本・森・祓川・安田などの諸氏が出ている。また、泰氏とは別に荷田宿禰姓の祀官があった。雄略天皇の後裔というが、泰氏の分流であろう。東西の羽倉家に分かれている。 【Back Page】 |