石清水八幡宮

紀 氏


 859年紀氏出身の大安寺の僧・行教が宇佐八幡宮に参籠して神託を蒙り、翌860年に、八幡神を男山に勧請したのがその始まりである。初代神主には行教の甥・紀御豊が任じ、のち俗別当に御豊の曽孫・良常が任じて、以後別当職を紀氏が独占し、良常の子聖清の時から世襲となった。
 29代別当慶清が田中を家号とし、32代祐清が善法寺(菊大路)を称し、二流に分かれた。以降、紆余曲折を経ながらも、田中・善法寺の二家は相次いで社務につき、現代に及んでいる。
【三つ巴紋】


■略系図

[資料:家系(豊田武著:東京堂出版刊)/尊卑分脈(吉川弘文館刊)/古代豪族系図集覧(近藤敏喬:東京堂出版刊)]