ホ具(かこ)紋
ホ具とは革帯の端に付けられた金具で馬具の鐙もその一種、
鎌倉・室町幕府の文官として活躍した三善一族の代表紋。
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『見聞諸家紋』を見ると、「ホ具(カコ)」と呼ばれる珍しい家紋が記されている。「ホ具」とは、革帯の端に
付けられた金具のことで、馬に乗る時に足を乗せる鐙(あぶみ)やバンドの尾錠(バックル)がそれにあたるものだ。
ホ具は埼玉県の稲荷山古墳をはじめ、全国の古墳から副葬品の一つとして発掘されており、馬とともにわが国に伝来した
ようだ。
家紋を見ると「轡(くつわ)」「馬櫛(まぐし)」など馬具から生まれたものがある。むかし、馬は弓とともに
「弓馬の術」と呼ばれて、武士にとって欠かせない表芸であった。「ホ具(カコ)」紋は馬に乗ることを「鐙を履く」
ともいわれるように、武士が出陣のとき最初に足を踏み出すところである。そのような武に通じる道具であることから
家紋に採り入れられたようである。一方、「ホ具(カコ)」が必ず力帯に付けられるものであることから、
力をあらわすシンボルとして家紋になったという説もある。
ホ具(カコ)紋は帰化系氏族三善氏の代表的紋章となっている。三善氏は百済の連古大王の子孫で、錦宿禰から三善
朝臣への改姓が認められたものの後裔という。醍醐天皇の御世に三善清行があらわれ、その子浄蔵貴所は密教僧として
なかなか法力に優れた人物で、八坂の塔をまっすぐに直したり、父を蘇生させた戻り橋の伝説を持っている。清行の後裔
康信は元暦元年(1184)、源頼朝の請いにより鎌倉に下向し、鎌倉幕府の問注所の初代執事となった。康信が最後に
重要な役割を演じたのは承久三年(1221)の承久の乱である。病気をおして出仕したかれは即時出撃を主張し、
幕府体制を固めることに貢献した。この康信の子孫から町野・太田・矢野・佐波・布施・飯尾などの諸氏が出て、
鎌倉・室町幕府の奉行層として活躍した。
………
写真:鐙(時代祭の行列にて)
室町時代に成立した家紋集『見聞諸家紋』には、三善一族である飯尾氏の「ホ具に雁金」、佐波氏の「ホ具」、
高安氏の「竹輪に蔦とホ具に雁金」が掲載されている。飯尾氏はのちに今川氏に従って駿河に移り引馬城主となったが、
「ホ子に雁金」を用いていた。また、上杉謙信が記録させた『関東幕注文』のなかに三善氏の分かれである善彦太郎・
中務少輔・和泉守ら名がみえ「鐙のかく(ホ具)」紋を用いていたことが知られる。戦国時代の阿波諸将の記録
『阿波古城記』
にも飯尾善之進の家紋とあり、『塵添アイ嚢抄(じんてんあいのうしょう)』には幕紋と記されている。家紋は一族を
表すシンボルといわれるが、三善氏一門が用いた「ホ具」紋は、それを見事に示した好例といえよう。
ところで、「ホ具」紋がいつごろから用いられるようになったのかは不明だが、丹波の酒井氏に伝来する
文書によれば、鎌倉時代のころには使われていたようだ。すなわち『丹波酒井氏系図裏書』には、
酒井家幕に鐙にカコヲ加フ事、椿瀬川合戦ノ時、負戦ノ間、
飯尾之陣二憑懸入リ、命ヲ全クセシ謂二、向後値遇ノ為二、
彼文ヲ此方ノ幕二は入 ルト云イ伝フ。全ク善家二アラズ。
とある。椿瀬川(杭瀬川の誤記か)合戦のとき、飯尾氏が投げてくれたホ具で命拾いをしたことからホ具の紋を
用いるようになったもので、酒井家は三善家の流れではないと明記されているのだ。一方、酒井氏が「ホ具」紋
を用いるようになったのは、
先祖の兵衛次郎政親の母光蓮が三善氏から酒井氏に嫁いだときに伝えたものであろうとする説もある。
ちなみに、丹波酒井氏は「巴紋」が定紋であったと伝えられ、いまも後裔を名乗る酒井家の多くで「巴」紋が用いられて
いる。
先の『関東幕注文』において、上総衆のうちの酒井氏が「かく巴」を用いたことが記されている。丹波の酒井氏は
桓武平氏を称し、上総の酒井氏は藤原氏秀郷流を称している。遠く離れた先祖を異にする両家がともに「かく(ホ具)」と
「巴」紋を用いていることは、目に見えない家の歴史の不可思議さを感じさせる。
『見聞諸家紋』には、飯尾・高安・佐波氏のほかにも三善一族である町野氏の「欄干輪に違い鷹の羽紋」、布施氏の
「総巻(アゲマキ)紋」も記されている。「総巻」とは、紐の装飾結びのひとつで、鎧の背にある逆板の中央の鐶に
つけるのも、この総角結びである。「ホ具」「鷹の羽」「総巻」は、いずれも武具にちなむものであり、
まことに武家らしい家紋ばかりであるといえよう。
■見聞諸家紋に見える三善一族の家紋
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竹の丸に桐とホ具に一つ遠雁 欄干輪に違い鷹の羽 総巻
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飯尾氏 |
佐波氏 |
善 氏
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