成田から13時間、
シュットゥツガルト市は白夜だった。

 ドイツ西南部にあるバーデン・ヴュルデンベルグ州の州都。街のまわりを囲んだ丘にはぶどう畑が見える、いわゆるすり鉢の底にあるような自然ゆたかな地方都市。街の中心部には、18世紀のバロック様式の新宮殿が建つ宮殿広場がある歴史豊かな文化都市。シュトゥト・バレーで世界的に有名。またサッカーチームが日本では知られている。ワインの名産地でもある。最近はベンツ、IBM研究所、ポルシェの本拠地があるハイテクの街になっている。中央駅の屋上にベンツのマークがサインとしてあったのもユーモラスな光景であり、格好の目印になっていたのも心に残る風景だ。
 成田空港を出発して13時間の飛行機の旅。シュットゥツガルト市内のホテルに着いたのは夜。だが外は明るい、あれが白夜というのだろう。日本では考えられない不思議な時間的感覚。ホテルのラウンジで軽い夜食をとりつつ、明日から続くヨーロッパの日々に想いを馳せながら、ヨーロッパ最初の夜は過ぎていった。

シュツットガルト市街

  
自動化から人手による作業へ
顧客指向が現場を変える、ダイムラ・ベンツの見学

  ベンツでAクラスとよばれるエンジンの最新工場で、英国・カナダ、そして日本市場向けのエンジンを製造している。従業員は496人、Max1500台/1日の製造に対応しているという。ガソリンとディーゼルそれぞれ4タイプ、全体として約3500バリエーションの製造が可能な混流ラインになっているそうだ。それゆえに、コストパフォーマンスに合った、稼働率を高める物づくり。そして、少量生産にも対応できるラインづくりに取り組んだという。ラインづくりには、日本の自動車メーカに多くを学んだと、製造部門のハンマー氏はいう。
 最近は、エンジンもエレクトロニクス制御の方向に進んでおり、開発も製造も一層多様化、複雑化していかざるを得ないというのが実情のようだ。

自動化から人手の作業へ
 最新工場では、製造のフレキシビリティを実現するために、NC機械、組み立て機械、搬送の制御、さらにエラー解析、品質保証などにパソコンを導入しているとのこと。また、小さなショップを集合して、ひとつの工場にもっていっているという。
 現場は人が目立つ、10年程前は自動化至上主義だったが、環境の変化をふまえ人による作業を見直した結果だという。つまり自動化ではなくマニュアル化の方が時代に即していると。工場内を見渡すと、なるほどたくさんの熟練工が活躍しているようだ。また、熟練工により小さなエラーはライン内で、迅速に処理することが可能になったという。とはいえ、システムの基幹の部分はコンピュータで制御しているとのこと。「ただ、熟練工は昔ながらの手作業に没頭しがちで、パソコンが嫌いなようだ」とハンマー氏は悩みを語る。パソコンにも馴れてくれれば、もっと効率的になるということだろう。実際、作業者がパソコンに親しめるようにと構内には情報端末が設置されてる。これにより、製品情報から食堂のメニューまでさまざまな情報が入手可能になっている、がほとんど触る作業者はいないという。
 構内には、問題があった部品(製品)の問題箇所が誰にでも分かるように、展示されているのが目立つ。これは、該当グループが問題箇所をTPM的に解決した成果の展示でもある。さらに品質保証という観点からも、エラー解析は重要な仕事のひとつだという。そして、どこが悪くて、どのように修正したかを把握し、作業者が今後の作業に生かしていくための情報提供だともいう。ラインを1分間とめると4000ドイツマルクの損害が出ることを防止する意味が大きいのだがとハンマー氏は本音を語る。とはいえ、エラーは工場にとって重大なロスタイムとなることも事実。それを防止する原動力となる、現場の作業者に対して情報公開は重要だ。  ベンツでは以前の生産量の維持という視点から、ユーザー動向をいかに製品に反映していくかとの視点に変更したという。この視点の変化を具現化したのが、新エンジン工場だという。「結果はうまくいっている」とハンマー氏はいう。

技術の継承の基本は後進のやる気
 コンピュータを黒子として、熟練工が活躍する現場を見てきたが、熟練工の年齢の高さが気になるところだった。新人の育成、技術の継承はどうしているのだろうか。基本的にはOJTでやっているとのこと。またドイツには徒弟制度というのがあり、半分を専門の学校で学び、あとの半分を工場における実際の作業のなかから学んでいくという。「学校で学んだ事だけではやっていけない。本人の仕事に対する取り組み姿勢が重要なのだ」とハンマー氏はいう。「育つにはやる気」とも。ただ作業者のパフォーマンスに対する評価基準の変更や、もっている技術の発表の場の提供も大切だという。そして「これからの現場作業員は、ますます多能工化が求められる」それだけに適正な自動化と、将来のベンツを支える人材の育成が重要だと。これは、まさに日本の製造業が抱えている課題と、軌をひとつにするものではないだろうか。

ベンツ博物館の見学
 19世紀にGottlieb DimlerとKarl Benzが初めて作った自動車から、初めてMercedesの名を冠した自動車。さらに昭和天皇の愛車も展示されていた。1世紀以上にわたるダイムラー・ベンツの各時代における自動車が一堂に展示されている。クラシックカーマニアには応えられないところだろう。100年以上にわたるベンツの自動車製造の歴史はそのデザインもさることながら、時代ごとに自動車づくりにかけた熱い息吹が実感できて圧巻のひとことだった。


ダイムラー・ベンツ博物館  ダイムラー・ベンツ工場見学

 
オブジェクト指向のソリューション「Auto View」
IBMのプレゼンテーション

 現在、製造業が抱える課題は多岐にわたっている。すなわちユーザの課題をいち早く把握し、ふさわしいソリューション(商品)を提供できるかが、21世紀を目前に控えた企業の生き残りを左右する大きなテーマとなっている。
 ドイツIBM社のMichael Volz氏のプレゼンテーション、「for the Automotive Industry」はヨーロッパにおける自動車業界への取り組みのひとつとして興味深いものだった。
 Volz氏は現在挑戦すべきこととして、
 ■グローバリゼーション
 ■製品の信頼性と品質
 ■開発費の削減と柔軟性
 ■プロセス時間とパーツ部品の最適化
 ■マスカスタマイゼーションと製品仕様決定の迅速化
を挙げる。つまり、ローカルにあってもグローバルな企業展開をすすめていくことが大切といい、上にあげた挑戦が不可欠というわけだ。
 しかしそれを実現するためには、技術的チャレンジとプロセスチャレンジが必要となる。技術的チャレンジとしては、
 ■顧客のライフスタイルに対応
 ■技術の平準化
 ■環境対策-排気の限りなく低減、あるいはゼロ化
 ■電装化への対応
に意をはらったといい、プロセスへのチャレンジでは、
 ■ワールドワイドな製品づくり
 ■それぞれの場所・国での生産
 ■Build-to-order
 ■部品、システムの可変性の追求
をテーマにしたという。そして、これらをふまえ開発されたソリューションが「Auto View」だ。自動車業界が抱える課題、そして将来の姿を検討・分析した結果、自動車業界に胸をはって提供できる製品になったとVolz氏は語った。その自信を裏づけるかのようにダイムラ・ベンツをはじめ世界中のワーゲン社36工場への納入をはじめ、クライスラー、三菱、ホンダカナダ、ホンダアメリカへに採用されて、現在稼働中だという。

オブジェクト指向で
システム構築が容易な「Auto View」
 では、「Auto View」とはどういうソリューションなのだろうか。ALCシステム用にソフトウェア・コア部品を組み合わせ(オブジェクト技術を利用)、各工場の現場にあわせた カスタマイズが行えるソリュ−ションといえそうだ。つまり、市場の変化、現場の変化に対して柔軟に対応できるソリューションだと。

今話題のIT応用技術んの数々
その最先端をIBM研究所で見る、聞く。

 シュットゥツガルト・インダストリ−・ソリュ−ション・ラボは、IBM社が世界の3ヶ所にもつ基礎研究所のひとつ。

1)Personal Area Network
 人間の身体をアンテナとして情報のやりとりをするネットワーク。低周波を利用し、予め設定された距離内で入力されたデータを伝送する仕組みだ。PCMCIAカードのType2位の大きさで、携帯用の情報カードとして開発中だという。ただ、高いセキュリティの求められるシビアな世界には不適当なのではと思われた。が、産業分野でのアプリケーションが期待できそうな技術だ。

2)Transforming Data into Business Intelligence
 現在のビジネス世界において、ビジネス戦略とITインフラにはギャップがあり、それを埋めることが重要だという。
 ■競争激化による抑圧
 ■データ選択が困難
 ■自動化の島の統合
 ■バージョンの多様化
と、課題は多い。そこで威力を発揮するのは、データのやりとりをいかにスムーズに行うかというソリューションだ。即ちそれが、ユーザーのニーズでもある。そこで、ユーザが抱える課題を把握し、それをモチベーションとして顧客にあったソリューションを提供することが重要となるという。まず、市場分析をし、統計を試みる、そして多次元にわたる要素の把握をし、それらをDataMiningする。そして最適な解を求める。つまり、顧客のニーズにもっともふさわしいソリューションを導きだし、提供するのだという。それには、コンサルティング・サービス力、パワフルな技術、各業界に対しての知識を有し、それらをインテグレートできることが求められという。そして、それができることがお客さんにIBMが選ばれる大きな要因だという。

3)Speech Recognition
 コンピュータのキーボードに触れることなく、話すことで入力されていく。そして、ドイツ語から英語に翻訳されていく。まさに技術もここまできたか!と実感させてくれたデモだった。例えば、別の仕事をしながら別のコンピュータに話しかけることでふたつの仕事ができる。あるいは身体の不自由な方にとってもコンピュータが身近なものになることだろう。

4)Smart Card Solutions
 カードにCPUを搭載したプロセッサカードだ。現在IBM、ネットスケープ、サンマイクロシステムズ、Oracleでスタンダード化が進んでいくという。さらにJAVAベースのアーキテクチャ化も狙い、インターネットも指向していくとのことだ。これからの情報化時代のなかで、目を話せない技術のひとつとなっていきそうだ。

5)Smartcard with Fingerprint Recognition
 人間にとって変えようのないもののひとつが指紋。その指紋に着目し、前出のスマートカードを利用して、現在のカード社会におけるセキュリティ対策のひとつのソリューションとして開発されたという。
………
 ビジネスソリューションの提供、要素技術の開発、技術のアプリケーションとドイツIBM社の取り組みは「なるほど!」とうなづけるものだった。また、自然環境、開発環境も素晴しいものだった。

 

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